ア・トライブ・コールド・クエストのサード・アルバム『Midnight Marrauders』に収録された、ラージ・プロフェッサーがプロデュースし、自らマイクも握った一曲“Keep It Rollin’”で、ラージは「Fuck them two DJs, self mission」と言っている。この「two DJs」とは、仲違いし脱退することとなったメイン・ソースのK・カットとサー・スクラッチのことで、袂を分かった二人に対するディスだった。後にラージはインタヴューでメイン・ソースを脱退した当時を振り返り、そんなに悪い仲違いではなかったと和やかに語っていたが、いずれにせよソロ・キャリアを歩み始めた最初の一曲がこの“Keep It Rollin’”だった。
対して、ラージを失ったメイン・ソースの二人のDJ、K・カットとサー・スクラッチのマッケンジー兄弟は、新たにマイキー・DをフロントMCとして迎え入れ、新生メイン・ソースとしてセカンド・アルバムとなる『Fuck What You Think』を制作し、94年にリリースを予定していたが、所属レーベルの〈 Wild Pitch 〉とマネージメントの間の諍いを理由にお蔵入りの憂き目に遭う(が、98年に正式にリリースされる)。
つまり、ラージがMCを務めるメイン・ソースとしてのアルバムは91年のデビュー作『Breaking Atoms』のみなのだが、実はラージの在籍時にもう一枚『The Science』というアルバムのレコーディングが進行していた。おそらくまだ完成前で、スニペット(アルバムに収録予定の曲の抜粋音源)しか提供されていなかったのだと思うが、ザ・ソース誌の1992年7月号にはアルバムのプレヴュー記事が掲載されていた。結局、その後にラージの脱退があり『The Science』はお蔵入りを余儀なくされるが、遂にその幻のセカンド・アルバムが正規にリリースされることになった。
まずは当時のラージ・プロフェッサー、メイン・ソースの状況を振り返ろう。ラージは『Breaking Atoms』の後、ビート・メイキングに没頭していたとインタヴューで語っているが、その言葉通り91年から92年にかけての彼は豊作である。外部仕事では、なんと言ってもナズのデビュー・シングル“Halftime”をプロデュースしているが、他にもビッグ・Lの“Unexpected Flava”(長らく未発表だったが、2010年の怪しげな未発表曲集『Return of the Devil’s Son』に収録)や、スリック・リックの“It’s a Boy”のリミックス、同じくリミックス・ワークでギャング・スターが映画『トレスパス(原題『Tresspass』)』に提供した“Gotta Get Over (Takin Loot) ”のリミックスなど幅広く手掛けている。
そしてメイン・ソースとしても、映画『ハード・プレイ(原題『White Men Can’t Jump』)』のサウンド・トラック『White Men Can’t Rap』に収録された名曲“Fakin’ the Funk”をシングル・リリース。この12インチ・シングルのジャケットに貼られたハイプ・ステッカーにも「Look for the MAIN SOURCE album “THE SCIENCE”」と書かれていた。また、リリースこそ94年だがレーベル・コンピレーション『Wild Pitch Classics』に収録された“How My Man Went Down in the Game”や、ブラン・ニュー・ヘヴィーズの“Bonafied Funk”への客演参加もあり、『Breaking Atoms』からの勢いを落とさず、順調に活動していた。『The Science』が制作されていたのは、このようにラージのプロダクションが次のステージへと登ろうとしている、まさに脂の乗った時期だった。
“Fakin’ the Funk”も“How My Man Went Down in the Game”も『The Science』に収録予定だったそうだ。他にも『Lost Science』というブートレグが出回り、そこには“Bootlegging”、“Raise Up”、“Time (Alternative Mix)”の3曲が収録されていた。“Time”に「Alternative Mix」とついているのは、そもそも別に“Time”という曲があったからで、そのオリジナルverの“Time”は『Fuck What You Think』に収録された“Hellavision”と同じビートで、マイクを握っているのがマイキー・Dではなくラージだ。“Time”は〈 P-VINE 〉が2006年に再発した12インチ・シングル“Looking at the Front Door (Uncut)”のB面や、2017年の『Breaking Atoms』の再発のボーナス・トラックとしても収録されていた。正規、ブートレグ問わずこれまでに散り散りに出回った曲だけでも『Breaking Atoms』に並ぶクオリティなので、正式に一枚のアルバムとしてまとめられてリリースされることは非常に喜ばしい。
さて、話は変わってラージ・プロフェッサーのメイン・ソース脱退について。脱退時期は彼がトータル・プロデュースを手がけたアキネリの『Vagina Diner』の直後で、“Keep It Rollin’”のレコーディングの直前だったとのことなので、およそ93年の春から夏にかけての間だと思われる。
そもそもの原因は、グループのマネージャーの問題だ。メイン・ソースのマネージャーはサンドラ・マッケンジーという女性で、彼女はK・カットとサー・スクラッチの母親だった。彼女はかねてから息子たちの音楽活動に理解を示し、自主レーベルからのデビュー・シングル“Think / Atom”をリリースする際にも、スタジオ代やレコードのプレス代などを全て出資してくれた。「ポール・Cっていう凄腕のエンジニアがいる『Studio 1212』が良いらしいんだ」と息子が言えば、「じゃあそこに行ってレコーディングしてきなさい」と気前よくお金を出してくれていた。おかげでラージもSP1200というドラム・マシーンの使い方を手ほどきしてくれる恩師のポール・Cと出会えることができたので、彼女はメイン・ソースにとってはもちろん、ラージにとっても恩恵ある存在であることは間違いない。
だが、やはりマネージャーとして私情は捨てきれず、息子たちを優遇してしまったのだろう。もしくは『Fuck What You Think』のお蔵入りの原因がマネジメントとレーベルの間の揉め事であったことも踏まえると、彼女がマネージャーとしてあれこれ口を出しすぎていたのかもしれないが、ラージはインタヴューで脱退理由として「誰がどのくらいの報酬を得るかについてnepotism(身内びいき)があった」と発言している。とはいえ冒頭で「そこまで悪い仲違いではなかった」という彼の発言を引用した通り、致命的なほどの関係悪化ではなく、「『オマエらはそっちに行くんだな、オレはこっちの方向だ』って感じだった」とも語っているので、遺恨が残るような脱退ではなかった。
またK・カットも、フロントマンだったラージ・プロフェッサー抜きで作り上げた『Fuck What You Think』については「あのアルバムはラージ・プロフェッサーに対する政治的な駆け引きとか、『あいつが間違ってるって証明してやるぜ』とかそんなんじゃ全くなかった」とインタヴューで答えており、2002年にオリジナルのメイン・ソースとして再結成ライヴが行われた際にも、「ラージ・プロフェッサーに不満があったことはなかったし、彼もオレに不満はなかった。問題が起こるのは、他の人間がオレたちのために決定を下すときだった」と振り返っている。
ここからはあくまで推測だが、ラージの後釜として迎え入れられたのがマイキー・Dだったことも、彼としてはメイン・ソースの二人を憎めなかった理由の一つではないか。マイキー・Dは彼らの地元であるクイーンズにおいてはちょっとしたレジェンドで、1988年には「New Music Seminor」のフリースタイル・バトルでメリー・メルを破り優勝するほどのズバ抜けたスキルの持ち主だった。そして何よりも、彼はポール・Cとマイキー・D&ジ・LAポッセというラップ・グループを組んでいた。どこの馬の骨かもわからないラッパーではなく、恩師であるポール・Cと縁のあるマイキー・Dが加入したことは、ラージにとって、少なくとも気分を害することではなかったのではないかと思う。
Release Information
MAIN SOURCE – THE SCIENCE
Tracklist
1. Time Pt. 2
2. Interlude one
3. How My Man Went Down In The Game
4. Interlude two
5. Hellavision
6. Interlude three
7. Raise Up
8. Interlude four
9. Looking At The Front Door [Uncut]
10. Interlude five
11. Fakin’ The Funk [Unreleased]
12. Interlude six
13. Bootlegging
14. Time
15. Outro Interlude
– Bonus Track –
16. Fakin’ The Funk [Sound Track Version]
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