DMXが1stアルバム『It’s Dark and Hell Is Hot』をリリースしたのは98年だが、遡ること7年前、彼は91年1月号のソース・マガジンの新人発掘コラム「Unsigned Hype」で取り上げられている。そこでは、DMX・ザ・グレート(というMC名だった)が「“Spellbound”を書いたのは自分だ」と主張していることに触れられている。彼曰く「K・ソロが盗んだんだ」と。ブートレグで出回ったDMXのデモ・テープには、確かに“Spellbound”というK・ソロの出世作と同名の曲がある。K・ソロのトレードマークとなった、いわゆる「スペルバウンド・スタイル」とは、単語をアルファベットに分解して、一文字ずつ読み上げるスタイルである。例えば、(K・ソロの)“Spellbound”内の「When I R A P / they call me K S O L O」というラインでは、「R A P」は「ラップ」ではなく「アール・エー・ピー」、「K S O L O」も同様に「ケー・エス・オー・エル・オー」と発音されている。DMXとK・ソロはお勤め中に知り合い、刑務作業の休憩時間によくラップ・バトルをしていたが、その時にDMXが披露した「スペルバウンド・スタイル」をK・ソロがコピーした、というのがDMXの主張である。
DMXが亡くなったいま、真相は闇の中だが、ただ一つ確実なことは、K・ソロのデビュー・シングル“Spellbound”と、それを収録したこのデビュー・アルバムの仕上がりが凄まじいということだ。EPMDのクルーであるヒット・スクワッドの筆頭メンバーとしてフックアップされ、エリック・サーモンが手がけた“Spellbound”を除き、トータル・プロデュースはパリッシュ・スミスが担当。刑務所上りに加え、元ボクサーという肩書きや「オレらの仲に干渉してくるオマエのお袋に『ほっといてくれ』と伝えとけ」と彼女に警告する“Your Mom’s in My Business”で顔を覗かせるDV男の気質など、札付きのワルそのものといったパーソナリティは、EPMDの刻印が施された骨太なファンク・ビートに乗ると、ますます輝きを見せる。
件の“Spellbound”に始まり、終始ベースが過剰に強調されたサウンドは、ビートが早くなればなるほどK・ソロのスキルの高さを際立たせ、特にBPMが120近くまで達する“Solo Rock the House”では、BDKやクール・G・ラップと真っ向に立ち向かえる巧みなライミングを聴かせてくれる。舌が絡みそうになるファスト・ラップや至るところで顔を出すスペルバウンド・スタイルのような滑舌自慢のテクニックだけが売りではなく、頭がイカれたクラック中毒者が殺人、強姦を犯し、懲役を受けるまでの顛末を描いた“Tales from the Crack Side”でのストーリーテラーとしての才能にも一目置きたい。エミネムの“The Real Slim Shady”の誕生にヒントを与えたに違いない“Real Solo: Please Stand Up”は、EPMDの真骨頂でもある粘っこいグルーヴがたまらなく、ビートだけで言えば一番の出来だ。