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BEATS ORIGINALLY FOR
ANOTHER RAPPERS
VOL.2

 本来は別のアーティストがそのビートでラップするはずだった、というエピソードを紹介するシリーズの第二弾。調査していて感じることは、名曲ほどこの手のエピソードが多いということだ。今回紹介する曲は、どれか一つはあなたのフェイヴァリット・ソングのトップ5に入っているのではないだろうか。

第一弾はこちらから。

BEATS ORIGINALLY FOR ANOTHER RAPPERS VOL.1

 

O.C.

Time's Up

Originally for Pharoahe Monch

 ジェルー・ザ・ダマジャの“Come Clean”に並んで、ギャングスタ・ラップを攻撃した曲の代表格であるOCの“Time’s Up”は紛れもなくOCの最高傑作である。ドラマーのレス・デマールのジャズ・ファンクをサンプリングしたビートの緊張感は身震いするほど凄まじく、アグレッシヴなリリックに見事にハマっているが、このビートは後に〈 Bad Boy 〉のプロデューサー・チームであるザ・ヒットメンのメンバーになるプレスティッジがファロア・モンチに聴かせたデモ・ビートが元だった。

OCみんな知らないけど、“Time’s Up”は元々はファロア・モンチのビートだったんだ。プレスティッジっていう、後でパフィーのザ・ヒットメンの一人になる奴があのビートをファロアに聴かせたんだ。でもあいつはすげえレイドバックした奴だから、それを脇に置いたままにしていたんだけど、オレにはマジで心に響いたからCDを盗んだ。あのビートでラップする運命にあると思ったから、力ずくで手に入れたんだよ

 そうして、後に“Time’s Up”になるビートの雛形を手にしたOCは『Word…Life』のメイン・プロデューサーだったバックワイルドにそれを聴かせる。

OCバックにあのビートを聴かせたら、あいつはそれがなんの曲をサンプリングしているか突き止めたんだ。それでバックが作り直したってのが、あの曲の歴史だ

The Pharcyde

Runnin'

Originally for Mad Skillz

 Jディラ formerly known as ジェイ・ディーの才能をいち早く見抜いたのはア・トライブ・コールド・クエストのQティップで、彼を介して、ザ・ファーサイドはまだ誰も知らないデトロイトの若いプロデューサーにセカンド・アルバムのプロデュースを頼むことになる。その結果誕生したアルバムが『Labcabincalifornia』であり、それに収録された“Runnin’”はディラのその後のキャリアを決定づける完璧なクラシックになった。

 ザ・ファーサイドと同じ時期に、モーターシティ出身の若きビートスミスと仕事をしていたのがマッド・スキルズだ。彼のデビュー・アルバム『From Where???』にはディラのプロデュース・トラックが2曲収録されている。

マッド・スキルズディラはQティップがスタジオに連れてきたんだ。あいつがくれた最初のビート・テープをまだ持ってるぜ。ザ・ファーサイドの“Runnin””、“Drop”、“Somethin’ That Means Somethin'”で使われたビートが入ってた。あとはバスタ・ライムスとやった曲と、オレが使った曲のビートも二つ入ってたね

 『Labcabincalifornia』と『From Where???』は同じスタジオで、同じ時期にレコーディングされていたのだが、スキルズはこれまでに繰り返し質問を受けてきたとある噂についてこう触れている。

マッド・スキルズこれまで何人ものヒップホップの歴史研究家に『本当かどうかわからないけど、“Runnin'”のビートをパスしたんですか?』と聞かれたよ。オレが言えることは『あぁ、そうだよ』だね。ヘッズにしてみれば『スキルズ、オマエなに考えてたんだ?!』って感じだろうけど、理解して欲しいのは、スリム・キッドが歌ってるフックも何もなかったんだぜ。(オレが聴いたのは)ループとドラムだけのただのビートだ。まあそう言ったところで、『それでも理解できねえよ』って感じなんだろうけど

House of Pain

Jump Around

Originally for Cypress Hill, Funkdoobiest, Ice Cube and Special ED

 ハウス・オブ・ペイン(HOP)の“Jump Around”ほど地球を揺らした曲はない。その人気はクラブやラジオでのプレイに留まらず、ロビン・ウィリアムスが主演を務めるファミリー向けのブロックバスター映画からプリングルスのCMまで、あらゆるところで耳にする大ヒットとなった(ちなみにHOPのフロントMCのエヴァーラストは、「ミセス・ダウト」で使われたことは光栄だが、プリングルスは許せないらしい)。誰もが喉から手が出るほど欲しかったのではないかと思うこの曲だが、HOPの手に渡るまでに何人ものラッパーにたらい回しにされてきた不遇の一曲だった。

DJマグスサイプレス・ヒルのアルバム(『Cypress Hill』)のリリース直後から、またビートを作り始めたんだ。で、“Jump  Around”のビートが思い付いた。B・リアルに聴かせたんだけど、アルバムを完成させたばかりだったし、彼はリリックを考えたりとか何もしたがらなかった。まああのビートに乗せてフリースタイルしたりして、馬鹿げた感じだった

セン・ドッグマグスがB・リアルとオレのところに“Jump Around”をレコーディングしようとやってきたんだけど、オレたちの反応は『うーん、これってオレたちのショウで客がやってることだろ。なんで“Jump Around”なんて曲を作りたいって思った?』って感じだった。『あのホワイト・ボーイズにくれてやれよ』って言って、だからハウス・オブ・ペインがあの曲をもらったんだ

 まずはグループのメンバーに無下にされた“Jump Around”だが、すぐにHOPの元に渡ったわけでもなかった。

DJマグスだから、オレとファンクドゥービーストでやってみたんだ。(ファンクドゥービーストの)サン・ドゥービーとはたくさんデモを作ってたしな。あいつはいつもウチにいたし。でも、あんまり良くなかった。それでアイス・キューブにも聴かせてみたんだけど、彼は乗り気じゃなかった。ファンクマスター・フレックスにも送ってみたよ。彼は〈 Profile 〉でスペシャル・EDと仕事をしてたから。でもスペシャル・EDは『ヨォ、このビートはオレにはちょっと汚すぎるな』って感じだった。電話を切ってやったよ、クソ喰らえってな

 最終的に“ホワイト・ボーイズ”がレコーディングすることになった“Jump Around”は、〈 Tommy Boy 〉のマーケティング戦略が奏功しグローバルなヒットとなるが、セン・ドッグはこう振り返る。

セン・ドッグ「『できねえしやりたくねえ』って言い訳したのはあれが最後だ。あれ以降、思考停止しないようにしてる。なんてったって、あんなすげえ曲を逃したんだからな(笑)

Black Sheep

The Choice Is Yours (Revisited)

Originally for Chi-Ali

 オリジナルよりリミックスのほうが有名、もしくは人気がある。ヒップホップにはよくある話だが、その最たる例はブラック・シープの“The Choice Is Yours (Revisited)”で異論の余地はないだろう。Spotifyでの再生数を確認する限り、オリジナルの“The Choice Is Yours”とは文字通り桁違いとなっている。ロン・カーターが弾く無骨なベースラインのループは一度聴いたらその日一日は耳から離れないし、聴いた後しばらくは”Engine, engine #9”というフレーズを無意識に口ずさんでしまう。ネイティヴ・タン一派でも屈指の人気曲となった“The Choice Is Yours (Revisited)”だが、元々は同じネイティヴ・タン一派のヤンゲスト・イン・チャージ、チ・アリに提供するためにブラック・シープのミスタ・ロングが作ったものだった。

ミスタ・ロング実はあのビートはチ・アリのために作ったものなんだよ。ただ〈 Mercury 〉が“The Choice Is Yours”のリミックスを作れって言ってきてね。そんな気になれなかったから、あのビートをチーに渡さなかったんだ。でも、あいつのアルバム(『The Fabolous Chi-Ali』)からの最初のシングル“Age Ain’t Nothin’ But a #”はオレがやったんだぜ。“The Choice Is Yours”はオリジナルよりリミックスが好きだね。あれはオレらの最大のヒットだった

The Notorious B.I.G.

Ten Crack Commandments

Originally for Jeru the Damaja

 クラックの売人が守るべき10個の戒律をテーマにした“Ten Crack Commandments”は『Life After Death』の中でも群を抜いた名曲だが、一つ気になる点がないだろうか? フックでのプリモのスクラッチは、なぜ「ファイヴ」までいくと、また「ワン」から擦り直しなのか?

 90年代の中頃、ラジオ局「HOT 97」で、アンジー・マルチネスがホストを務めていた人気の番組があった。夜の9時にアンジーがそのときのホットなレコードを5曲かける、その名も「Hot 5 at 9」。この番組には、ウータンからオニキスまでさまざまなアーティストが番組用のプロモーション・トラックを送り、都度プレイされていたのだが、DJプレミアがジェルー・ザ・ダマジャと作ったプロモこそが、実は“Ten Crack Commandments”の元になったビートだった。そう、「ワン」から「ナイン」までをカウントするチャック・Dのヴォーカルをサンプリングしていたのも、フックでのプリモのスクラッチが「ファイヴ」までいくとまた「ワン」からに戻る理由も「Hot 5 at 9」という番組のために制作したプロモだったからだ。

 そして、そのジェルーのプロモを、“Ten Crack Commandments”という素晴らしいコンセプトはあるのにそれに見合ったビートが見つからず苦慮していたパフィーが偶然耳にする。

DJプレミア「パフィーが番組にゲストとして出ていたときに、あいつはあのプロモを聴いたんだ。『おいなんだこれ?! 誰が作った?』って言うから、アンジーはプリモが作ったって答えた。そしたらあいつはラジオの生放送中だってのに『ヨォ、プレミア、もしこれを聴いてたら電話してくれ』なんて言ったんだぜ。ダチがポケベルで『パフィーがラジオで“プレミア、電話してくれ”って言ってるぜ』って連絡をくれた。「HOT 97」をつけたけど普通のインタヴューやらなんやらをやってたから、切ろうとした直前に『プレミア、プレミア、頼むラジオを聴いてたら電話してくれ』って聞こえてきた。あいつはあのプロモのビートを買いたいって言うんだよ。それをジェルーに伝えたら、『それがヒップホップだろ。構わねえぜ』ってな。だからあのビートをパフィーに売ったんだけど、ビギーはすでにコンセプトがあったんだな。それを“Ten Crack Commandments”って曲名にした。あの「テン」は宇宙船のカウントダウンから取ってきたんだ。離陸のときの「テン、ナイン、エイト、セブン・・・」ってやつ。で、ビギーはあのビートでラップしたのさ」

 当時、“One Day”で〈 Bad Boy 〉軍団をディスしていたジェルーとパフィーはビーフ関係にあったわけだが、そのジェルーのビートの買い取りを申し出たパフィーの商魂たくましさと、「それがヒップホップだろ」の一言で承諾するジェルーに痺れるエピソードだ。