ウータン・クランが衝撃的なデビュー・シングル“Protect Ya Neck”を自主リリースしたのは92年の11月だが、そこから遡ること1ヶ月前に、傑作シングル“Who Got da Props?”によって、ウータンに先駆けてNYのヒップホップに“アンダーグラウンド”を提示したグループ、ブラック・ムーン。低い身長に相反して大きな存在感を放つメインMCのバックショット、影は薄いが最もワイルドな二番手5フット、そしてプロデューサーであるイーヴィル・Dという3人の若者からなるこのグループが93年10月(これもまたウータンの1stアルバムより1ヶ月早い)にリリースした名盤が、この『Enta da Stage』だ。
5フットが「トライブ(ATCQ)のサウンドをよりダークにしてみたかった」と発言している通り、ATCQの91年の金字塔『The Low End Theory』と同じく、本作ではジャズがサンプリング・ソースとしての主成分となっている。ロニー・ロウズの甘ったるいフュージョン・ナンバーである“Tidal Wave”を素材にストリートの緊張感が漂うアンダーグラウンド・アンセムを生み出した先述のシングル“Who Got da Props?”を筆頭に、耳馴染みの良いスムース・ジャズやジャズ・ファンクをスモーキーに加工し、そこにイルなドラムを組み合わせるというスタイルで生み出された不穏なロウ・ビートの数々は、アンダーグラウンド版『The Low End Theory』という言葉が相応しい。
バックショットが最も尊敬するKRSワンのヴォイス・サンプル(“How many MC’s must get dissed?”)をフックで擦った最高に太くファンキーな“How Many MC’s…”と、ドナルド・バードをブルックリンのストリートに連れてきて大量のハッパを吸わせた“Buck Em Down”のシングル2曲はズバ抜けてドープだが、もう一つのシングル“I Got Cha Opin”は、アルバムverとシングルverで好き嫌いが別れるかもしれない。シングルverは、バリー・ホワイトのベッドルーム・ソウル“Playing Your Game, Baby”をサンプリングした甘味の強い仕上がりで、個人的にはこっちが好きだが、コアなヘッズは渋いアルバムverがお好みか(Dも断然こっち派だそうだ)。“I Got Cha Opin”に限らずシングル版のリミックスはどれも秀逸なので、是非チェック。