わずか二週間足らずで制作したという〈 Wild Pitch 〉からのデビュー・アルバム『No More Mr. Nice Guy』は、マーク・ザ・45キングがプロデュースした曲も収録されており、DJプレミアもまだプロデューサーと呼べるほどの仕事はしていなかったということで、1MC&1DJとしてのギャング・スターの事実上の1stアルバムはこの『Step in the Arena』となる(冒頭の“Name Tag (Premier & The Guru)”でわざわざ自己紹介し直しているのはそのためだろう)。前作と本作の間にはスパイク・リー監督の映画「モー・ベター・ブルース(Mo’ Better Blues)」のサウンドトラックに提供した“Jazz Thing”のスマッシュ・ヒットがあり、それがきっかけで〈 Chrysalis 〉との契約を手にする。
レーベルが期待していたのは“Jazz Thing”系統のジャズ・ラップだったが、それに対してギャング・スターの二人は「自分たちはジャズ・ラップ屋ではなく、ストリートに根ざしたハードコアなヒップホップ・デュオだ」というスタイルを主張するため、1stシングルとして“Just to Get a Rep”を選んだ。レーベル的には不満だったかもしれないが、グールーの自動車窃盗被害の実体験を元にしたストーリーテリングが肝のこの曲は、ギャング・スターの初期のカタログの中でも屈指の1曲となる。ちなみにレーベルがシングルとして推していたのは恋煩いをテーマにしたメロウな軟派ソング“Lovesick”だが、これも表面的にはジャジーな響きのサウンドでも、サンプリング・ソースはソウル(ザ・デルフォニックス)とファンク(オハイオ・プレイヤーズ)であり、こういったサンプリング・ソースの選り抜き、組み合わせのセンスはプリモならではだと言える。
このアルバムが制作された90年当時に全盛を極めていたパブリック・エネミーお抱えのプロダクション・チームであるボム・スクワッドの煽動的なサウンドをプリモなりの解釈を施して提示した“Who’s Gonna Take a Weight”と「Step up」というヴォイス・サンプルがスクラッチされたフック部分を、2パックが“I Get Around”で丸っとサンプリングしたことで有名となった表題曲の“Step in the Arena”はベスト・アルバム『Full Clip』にも収録されているが、それ以外にもDITCのショウビズとラージ・プロフェッサーに教わったというチョップ(サンプリング・ソースを分解するテクニック)を駆使して制作した“Check the Technique”はプリモのチョップ芸の最初期ワークとして必聴であり、エリック・B&ラキムの名曲“Don’t Sweat the Technique”に似たベースラインが躍動する最高にドープな“Take a Rest”は、〈 Cooltempo 〉によってUK盤シングルが切られた隠れたギャング・スター・クラシックである。続く『Daily Operation』、『Hard to Earn」にも劣らない名盤であり、ギャング・スターの二人もこのアルバムは『Moment of the Truth』に並んで思い入れのあるアルバムだと語っているので、もう少し評価されて然るべき一枚。