93年、ニュー・ミュージック・セミナーで行われたMC/DJバトルの祭典〈 Clark Kent’s Superman Battle for World Supremacy 〉におけるスーパーナチュラルとマッド・スキルズによるフリースタイル・バトルの決勝はちょっとした語り草となっている。舌戦の末、不遇の天才スーパーナチュラルに軍配が上がったが、聴衆や審査員の判定とは裏腹に、ヒップホップの女神はスキルズに微笑んだようだ。「あのバトルのおかげでデモ・テープを送ることなく業界で注目を集めることができたよ」と本人が語るように、彼は〈 Atlantic 〉傘下の〈 Big Beat 〉との契約を獲得する。
“From Where??? (Intro)”の最後、出身を聞かれたスキルズが「ヴァージニアだよ」と答えると、「どこだって???(from where???)」と聞き返される。これは「ニューヨークでなければヒップホップにあらず」というスノッブな風潮に対する彼なりの自虐的な皮肉だが、シーンにおいて本当に重要なのは出身地よりもスキルであり、それを証明するのがこのアルバムである。ラキムを「彼のライムはマジックだよ」と崇拝する主役の類まれなマイクの才能を磁力に、本作には業界のAリストのプロデューサーが集っている。ラージ・プロフェッサー、ザ・ビートナッツ、バックワイルド、そしてクラーク・ケントという顔ぶれは、ヴァージニア州リッチモンド出身のカントリー・ボーイの処女作にしては豪華だ。さらに、後に〈 Rawkus 〉御用達のプロデューサーとなるショーン・J・ピリオドにジェイ・ディーという有望株も起用されている。
93年にアトランタで行われたコンヴェンション〈 Jack the Rapper’s Family Affair 〉で出会い、意気投合したQ・ティップもプロデュースする予定だったそうだが、『Beats, Rhymes & Life』の制作時期と被ったためか、客演参加のみとなった(代役というわけではないが、Q・ティップがスタジオに連れてきたのがジェイ・ディーだった)。その唯一の参加曲“Extra Abstract Skillz”は、曲名通りエクストラ・P(ラージ・プロフェッサー)、ジ・アブストラクト(Q・ティップ)、そしてスキルズがマイク・リレーするもので、教授のカタログの中でも最高峰の1曲“Live at the BBQ”を彷彿させる作中最大のハイライトだ。並んでもう一つの聴きどころは、ジェフリー・オズボーンによるスマッシュ・ヒット“Only Human”をサンプリングした“Move Ya Body”。その甘味の強いメロウなビートはもちろん、聴衆を煽るビギーとフェイク野郎を威嚇するモブ・ディープをフックでブレンドし、ラジオ・フレンドリーとストリートからの支持を同時に狙った、名A&Rであるクラーク・ケントの手腕が冴える1曲だ。“Move Ya Body”以外にも、クール&ザ・ギャング(“Get Your Groove On”)、ジョニー・ギター・ワトソン(“The Nod Factor”)など、アルバム全体を通して耳馴染みの良い素材を用いたビートが多いのだが、その中でクリエイティヴィティで勝負しているのはジェイー・ディーによる“The Jam”だ。ザ・ルーツのクエストラヴは、ザ・ファーサイドの“Bullshit”を「3歳児のビートだ」と“絶賛”したが、その“Bullshit”を収録した『Labcabincalifornia』と本作はレコーディング時期が被っており、“The Jam”と“Bullshit”は生き別れの兄弟のような関係だ。いかにもジェイ・ディーらしい予測不可能なキックとスモーキーなサンプリングの狂乱は中毒性が強い。主役の才能や豪勢なプロデューサー陣を踏まえると、もう少し上のクオリティを期待してしまうが、それでも充分に味わい深いアルバムだ。