もしラップがゲームならオレがMVP / マイクを握った最優秀詩人賞(Most Valuable Poet)
ビッグ・Lの代表曲“MVP”のフックでサンプリングされたこのパンチラインは、ビッグ・ダディ・ケインが〈 Prism 〉から1987年にリリースしたデビュー・シングル“Get Into It”のB面に収録された、ビズ・マーキーとの文字通りの共演曲“Just Rhymin’ with Biz”から引用されている。
同じく“Get Into It”のB面に収録されている“Somethin’ Funky”と同じビートで、ビズとケイン、そしてシングルではカットされているが当時マーリーがプロデュースしていた女性デュオ、フリック・アンド・フラックがサイファーしながらフリースタイルしている様子をそのままレコーディングしたこの曲は、ビッグ・Lに限らず、数多くのアーティストが引用してきたヒップホップ史における古典中の古典である。セカンド・ヴァースの冒頭、準備運動のようにケインが発した「Check it out, y’all」という一声をピート・ロックはそのまま“Check It Out”という曲にしてしまったが、実際、なんてことないフレーズである「チェケラッチョ」を、ケイン以上にカッコよく発音できるMCはいない。
ケインは、LL・クール・Jと同じかそれ以上にレディーたちにラヴされていたクールなセックス・シンボルであり、その男性ホルモン全開のセクシーな声質でオレ様自慢をする姿は、ヒップホップのマチズモを見事に体現していた。それに反してビズ・マーキーは、口が裂けてもセックス・シンボルとは言えないが、そのコミカルで愛嬌のあるキャラクターは、鼻くそだろうがラップのテーマとして成立させてしまう(“Pickin’ Boogers”)、ヒップホップ史上でも1、2を争うキャラの立ったエンターテイナーであった。
ケインとビズは一聴して「それ」と識別できる声の持ち主で、“Just Rhymin’ with Biz”に限らず、彼らの声は幾度となくサンプリングされてきた。多くのプロデューサーたちにとっては、彼らの「声」は古き良き時代のヒップホップを象徴する「サウンド」でもあった。ギャング・スターのグールーが“Mostly Tha Voice”で繰り返し主張していたように、ヒップホップにおいて「声」は最も重要な要素の一つなのだ。先述したピート・ロックは、それこそ“Check It Out”に限らず、“I Get Physical”や“In the Fresh”、“Get on the Mic”、“The Main Ingredient”(全て『The Main Ingredient』収録』)など自分のグループの作品に留まらず、彼がプロデュースしたAZの“Rather Unique”などのプロデュース・ワークでも度々“Just Rhymin’ with Biz”を引っ張り出してくるほど、二人の声をサンプリング・ソースとして偏愛していた。
このプレイリストは、ケインとビズの「声」をサンプリングやスクラッチで使用した曲にフォーカスしている。やはりNYのラッパー、プロデューサーが好んでいるが、コンプトンズ・モースト・ウォンテッドやAMGといったギャングスタ・ラップや、初期のマッドリブ・ワークスで知られるジ・アルカホリクス、そして彼らのメンターでもあったキング・Tのように西海岸でも使用例はある。特に、ビズのカタログの中でも屈指の名曲“Vapors”の中の強烈なフレーズである、
あいつは大人になってもゴロツキにしかならねえってみんな言ってた / もしくは刑務所に入るか、誰かに撃たれるだろうってな
をフックに引っ張ってきたコンプトンズ・モースト・ウォンテッドの“Raised in Compton”は、サンプルの後の銃声のSE含め、いかにもギャングスタ・ラップらしい使用例だ。余談だが、“Vapors”はスヌープ・ドッグがカヴァーしていた。ビズ曰く「スヌープが(“Vapors”を)カヴァーしたけど、あのカヴァーにオレは大満足だ」そうだ。続けて「“Vapors”はLAですごく人気があって、それはNY以上だった。オレが出した中で西海岸で一番成功した曲なんじゃないか」と、そのスヌープの影響力を語っている。
そういえばケインは“Just Rhymin’ with Biz”の後半で、
ぶっちゃけオレもいつか死ぬだろう / だが、オレのライムは象形文字のように残り続ける
と予言しているが、彼の死を待たずしてそのライムはヒップホップの石碑に刻まれ、広く語り継がれている。やはりケインは史上最高のMCだ。