多分わかってると思うけど、当時のヒップホップ野郎は全員ヴィニア・モヒカに憧れてたんだ。
タリブ・クウェリ
90年代、NYのヒップホップ・シーン、とりわけネイティヴ・タンズ周辺にとって、ヴィニア・モヒカ(Vinia Mojica)は特別な存在だった。みんな彼女に夢中で、彼女の気を引くことはスタジオでドープなレコードを作ることの次に大事なことだった。
例えその名前を意識していなくても、ネイティヴ・タンズ・ポッセの音楽を聴いてきた人なら、至るところで彼女の存在に触れている。最も印象的なのは、デ・ラ・ソウルのパーティー・ソング“A Roller Skating Jam Named “Saturdays””と、そのミュージック・ヴィデオだ。「五日働いたら丸一日遊べる / さあみんな、ローラースケートを履いて / 今日は土曜日よ!」と歌いながら誘うソバージュ・ヘアが愛くるしい彼女は、一夜明けた日曜日にはNY中のラッパーやDJたちのアイドルになっていた。
幼い頃からシンガーを夢見ていたヴィニア・モヒカは、NYのラガーディア高校で音楽の専門教育を受けた後、アンドレ・ハレルやヘヴィ・Dら〈 Uptown 〉の作品にセッション・シンガーとして参加し、音楽業界に足を踏み入れた。同時期、クラブ通いに明け暮れていた彼女はとあるパーティーでジャングル・ブラザーズと知り合い、ヒップホップのコミュニティとも関係を深くしていく。初めてのヒップホップ関連の仕事はジャングル・ブラザーズのセカンド・アルバム『Done by the Force of Nature』に収録されている“Acknowledge Your Own History”。この曲の直後、デ・ラ・ソウルのポスから客演を懇願されて出来上がったのが、先述の“A Roller Skating Jam Named “Saturdays””だった。この頃から、ヒップホップの界隈で彼女の奪い合いが始まる。Q・ティップも『The Low End Theory』内のソロ曲“Verses from the Abstract”で彼女を招く。
「私が“Verses from the Abstract”で歌ったのは、デ・ラとトライブのライヴァル関係の結果なのよ。私はそう信じてるわ、本当かどうかはわからないけど(笑)」と彼女は「The Revivalist」でのインタヴューで振り返っている。「当時、彼ら(ネイティヴ・タンのメンバーたち)のことを“ボーイズ”って呼んでたの。ボーイズはいつもクリエイティヴな面では愛憎相半ばするライヴァル関係だったのよ。お互いに相手の一歩上を行こうとしてたの。私の初めてのヒップホップ関連のレコーディングはジャングル・ブラザーズだったけど、あの曲の直後、デ・ラの曲でも歌ってほしいってポスに頼まれたの。それが理由で、Q・ティップも彼らのアルバムで私に何かして欲しいって頼んできたのよ」
ヴィニアに対してラヴ・コールをするのはネイティヴ・タンズ・ポッセに留まらず、90年代を通して様々なアーティストが彼女をレコーディングに誘った。元々交流のあったヘヴィ・Dや彼の従兄弟のピート・ロック、ブート・キャンプ・クリックのヘルター・スケルター、ハード・トゥ・オブテイン、更にはフランスのヒップホップ・グループであるアライアンス・エスニックまで、世界中が彼女に恋焦がれていく。中でも、タリブ・クウェリはネイティヴ・タンズに次いで、彼女に熱い想いを抱いていた。
ブラック・スターのアルバム『Mos Def and Talib Kweli are Black Star』の中のタリブのソロ曲“K.O.S. (Determination)”でヴィニアは歌っているが、当時の状況についてプロデューサーのハイテックはこう語る。「あの頃、オレたち全員ヴィニアに夢中だったよ。彼女をスタジオに招いて、目を見つめながら、『ねぇヴィニア、君にちょっと歌って欲しいんだけど…』ってね(笑)」
タリブ本人も彼女にご執心だった。それも人一倍。「多分わかってると思うけど、当時のヒップホップ野郎は全員ヴィニア・モヒカに憧れてたんだ。彼女はオレにとっちゃ別格だった。知り合いの誰かが彼女の電話番号を知ってたんだ。誰だったか思い出せないけど、モスではない。だから、電話で誘ってみた。彼女はオレのことなんか知らなかったけど、『じゃあ曲を聴きに行くわ』って言ってくれた。彼女はスタジオに来てくれて、一緒にランチを食べた。最高だったよ。それ以降、彼女とは親友になった。まあなんにせよ、ヴィニア・モヒカを誘うっていうガキの頃からの夢が叶ったんだ」
この通り、ヴィニア・モヒカはヒップホップにおいて最も求愛された歌姫であり、90年代から00年代の初頭にかけて活躍した最も有名なアンサング・ヒロインの一人だった。03年には遂に自身の名義のシングル“Guilt Junkie”を発表するが、ついぞアルバムはリリースされていない。その頃を境にシンガーとしての活動は急速に減り、今となってはその行方がわからず、インスタグラムもツイッターも調べる限りはアカウントが存在しない。
このプレイリストはヴィニア・モヒカの功績を讃えるために、彼女が客演参加した曲からセレクトしたものである。残念ながら、“A Roller Skating Jam Named “Saturdays””やヘルター・スケルターの“Therapy”が配信されていないため、完璧なベスト・セレクションとは言えないが、これを聴けばヒップホップがどれだけ彼女のことを愛し、彼女もヒップホップを愛していたことがよくわかるはずだ。“I got nothing but love for you, baby”とヘヴィ・Dがヴィニアに向けて歌っていた通りに。