マスタ・エースのキャリアは、大学在学中にとあるラップ・コンテストで優勝し、マーリー・マールと数時間スタジオで過ごせる権利という賞品を手にしたことから始まる。最初は気乗りしていなかったマーリーだが、スタジオでしぶしぶエースにマイクを持たせてみたところ、すぐさま彼を気に入り、当時制作中だった『In Control, Vol.1』への参加を提案した。こうしてチャンスを掴んだエースは、伝説のポッセ・カット“The Symphony”の参加や、〈 Prism 〉から発表したエース&アクション名義でのデビュー曲“Together”を経て、本作の制作に至る。
プロデュースはマーリーと、当時ビッグ・ダディ・ケインのDJだったミスター・シー。また、エースの友人であるユニークも関与しているが、マーリーの意向でクレジットはされていない。制作の主な部分は、エースが母親のレコード・コレクションから使いたいレコードを持ってきて、それをマーリーがビートに仕立てるという流れだった。これはエースに限った話ではなく、BDKやビズ・マーキーも同じ様に制作に貢献していたのだが、適切なクレジットを与えてもらえず、それがマーリーと彼らの間に不和を生んでいた。特にビズとマーリーの関係は悪化しており、本作からのシングル“Me and the Biz”は、当初は曲名通りエースとビズの共演の予定だったが、ビズがマーリーのスタジオへ来ることを拒んだため、エースがビズの声真似をすることになった。当時のマーリーの心境を推測すれば、恐らくこのようなクルー内の軋轢が、結果的に本作でエースにコ・プロデュースのクレジット獲得をもたらしたのだろう。
硬軟を併せ持ち、豊潤なサウンドのヴァラエティやエースの多種多様なテーマを扱ったラップまで、本作は90年代にリリースされたジュース・クルー関連作品で最も出来が良く、〈 Cold Chillin’ 〉のカタログの中でも五指に入る。JBとの擬似的な掛け合いを行う“I Got Ta”はエースがBDKと同じ高みに達する勢いのある一発で、この曲と、サウンドとラップの両面でラキムを意識したという“Can’t Stop the Bumrush”の2曲を聴けば、エースがジュース・クルーの脇役などではないことは明確だ。また、“Four Minus Three”では、「“The Symphony”のベスト・アクトはBDKとクール・G・ラップのどっちだ?」という巷の議論に対し、「俺を忘れるなよ」と喧嘩を売る目的で、あえて“The Symphony”と同じビートを再利用してリヴェンジしたと本人が語っている。こういった血気盛んな面から、ファニーな“Me and the Biz”で魅せるコミカルな演技、ギル・スコット・ヘロンにオマージュを捧げたポエトリー・リーディング調のレイドバックした“Take a Look Around”で覗かせる社会派な側面まで、エースの豊富な歌詞のレパートリーは、その後、あのエミネムに多大な影響を与えることとなる。内容と世間の評価が釣り合っていないのが残念だが、間違いなく90年のベスト・アルバムの一つだ。