1979年から2014年までのヒップホップ史35年間における各年の最も重要な曲を選び、解説した企画本「The Rap Year Book」では、90年の選出曲はア・トライブ・コールド・クエストの“Bonita Applebum”で、92年はドクター・ドレーの“Nuttin But a G Thang”だった。では、91年は何か? ゲトー・ボーイズの“Mind Playing Tricks on Me”だ。反論の声が上がるかもしれないが、個人的には、ここ日本において最も過小評価されているラップ・グループはゲトー・ボーイズだと思っている。
反逆者スタイルのウィリー・D、コミカルなキャラクターの小さな巨人ブッシュウィック・ビル(R.I.P)、そしてストリートの語り部スカーフェイスからなるゲトー・ボーイズ。詳しくは長くなるので省略するが、元祖“ゲットー”・ボーイズ(Getto Boys)から何度かのメンバー交代を経て、一般的に知られる“ゲトー”・ボーイズ(Geto Boys)となってからは2枚目となるのが本作。先述した“Mind Playing Tricks on Me”はシングル・カットされ、当時7、8ヶ月もラジオでエア・プレイされ続ける大ヒットとなった。その効果もあってか92年にはプラチナ・セールスを記録する。
元祖ゲットー・ボーイズからのお抱えトラックメーカー、レディ・レッドはNWAに影響を受けたハードなサウンドを得意としており、そのレディ・レッドが全面的に手掛けた前作『Geto Boys』はNWA風のハード・ヒッティングなファンク・サウンドが充満していたが、本作では、アイザック・ヘイズの“Hung Up on My Baby”を下敷きにした件の“Mind Playing Tricks on Me”や甘茶ソウルの定番デレゲーションズ“Oh Honey”を使った淫らな“Quicky”などソウルフルな曲も挟みつつ、前作からのファンク路線も継続したバランスの良い作りだ(ちなみにレディ・レッドは本作で複数曲を制作しているがクレジットされていない)。表題曲“We Can’t Be Stopped”やボム・スクワッド風のコラージュ・ファンク・ビートに痺れる“Trophy”などの骨太な曲では、スカーフェイスの雄々しいラップもあってか、パブリック・エネミーの諸作やボム・スクワッドが手がけたアイス・キューブのソロ・デビュー・アルバム『Amerikkka’s Most Wanted』を彷彿させる瞬間も。後のアウトキャスト〜オーガナイズド・ノイズの先駆けのようなドロッとしたファンクを聴かせる“The Other Level”やフレッド・ウェズリー&ザ・JBズ“Damn Right I’m Somebody”をループした“Ain’t With Being Broke”など、南部産ならではのバーベキュー・ソースのように濃厚な味わいの曲も素晴らしい。