ペンシルヴァニア州ピッツバーグで、従兄弟が経営するクラブのブッキング・プロモーターを行なっていたサム・スニードが初めてブッキングしたアクトがK・ソロだった。プロモーター業と並行し、自らもラファー・ザン・モーストというグループを組み、デモ・テープを作っていたサムは、K・ソロを空港から街へ車で送る際に、自身や地元の仲間の曲を次から次へと聴かせた。ある曲が流れたときにK・ソロは興味を示し、「ヨォ、このトラックは誰が作ったんだ?」と質問した。「オレとオレのパートナーだ」とサムが答えると、K・ソロは「ニューヨークに来て、オレのアルバムのプロデュースしないか?」と提案した。後にドクター・ドレーと数々の曲を世に送り出すサムは、このようにしてヒップホップ・ゲームに参入した。
K・ソロはソース・マガジンのインタヴューにおいて、パリッシュ・スミスがセカンド・アルバムのプロデュースをしてくれなかったことで、彼との間に深刻な軋轢が生まれたと認めている。事実、前作『Tell the World My Name』では、エリック・サーモンが手掛けたシングル“Spellbound”以外はすべてパリッシュがプロデュースしていたが、本作ではPの字の出番は2曲のみで、しかもそのうちの1曲はコ・プロデュースだ。代わりに、自ら登用したサムが過半数を超える6曲を担当している。そのサムが、EPMDのヒット・スクワッド崩壊後にドクター・ドレーの元に自らを売り込み、結果的にドレーのお気に入りプロデューサー/MCとなった未来を踏まえると、K・ソロには先見の明があったようだ。
自分に関する流言飛語に対して「もう我慢できねえ」と怒りを露わにするシングル“I Can’t Hold it Back”を皮切りに、Pファンクのサンプリング多めのサムのビートは、全体通して悪くない。だが、“Premonition of a Prisoner”や“Who’s Killin’ Who?”は、K・ソロよりもむしろ2パックのラップが似合いそうなギャングスタ・ラップのサウンドで、サムとパリッシュが共作した“Sneak Tip”のほうが、主役のスタイルに合っているのは否めない。エリック・サーモンが手がけたモダン・ソウル・テイストの“The Baby Doesn’t Look Like Me”と続けて聴くと、やはりEPMDのグルーヴが恋しくなってしまう。そうした中で、「レターマン」が得意のスペルバウンド・スタイルを乱射する“Letterman”は、ファンキーなオルガンとディレイの効いたホーンが騒々しく盛り上げる、ピート・ロックのサンプリング・マジックが冴え渡る素晴らしい曲だ。アルバムの中では浮いているが、それを瑣末なものと言わせる魅力がある。本作のリリース後、パリッシュのワンマン体制に嫌気がさしたK・ソロはヒット・スクワッドを離脱するが、流れ着く先は、奇しくもサムと同じ〈 Death Row 〉となるのだった。