『Check the Technique』シリーズの著者であるブライアン・コールマンが「最も過小評価されているアルバム」と評した通り、前作『SlaughtaHouse』はギャング・スターとEPMDの混血のようなサウンドを鳴らす、93年のベスト・アルバムの一枚に数えられる作品だった。その質の高さにも関わらず、ギャングスタ・ラップの市場に媚を売っていると的外れな批判を浴び、正当な評価を受けていないのだが、今回もまたシングル“Born to Roll”の商業的成功によって地元勢からセルアウトと酷評されてしまう。元々は前作からのシングル“Jeep Ass Niguh”のリミックスとしてB面に密かに収録されていた“Born to Roll”だが、ベイエリアのラジオ局から火がつき、単体のシングルとして再リリースされた結果、ビルボードの「Hot 100」チャートで最高23位というヒットを記録する。ベース・ヘヴィなビートや車をテーマにしたリリック、そしてローライダー・カルチャーが前面に出たヴィデオは、たしかに西海岸のマス・マーケットからは受けがよく、逆に東海岸がアレルギー反応を起こすのは理解はできる。特に名誉あるクルックリン・ドジャース三銃士のひとりであるマスタ・エースであれば、なおさら「NYらしさ」を求められる。だが、そもそもビートはロング・アイランドのグループ、オリジナル・コンセプトの86年のオールドスクール・クラシック“Knowledge Me”のオマージュであるし、エースのカー・フリークは今に始まったことではない(1stソロ・アルバム『Take a Look Around』のリリース直後にジープを買って以来、彼は大の車好きだ)。ホイールをメッキ加工した車に乗ることを意味するスラングをタイトルにした“Sittin’ on Chrome”も、フックでイージー・Eの曲のフレーズを引用している点で「また西海岸のケツの穴を舐めている」と誤解を招く原因になったかもしれないが、これも曲自体はEPMDの流れを汲んだ東海岸流のファンク・ビートである。
ジ・アイズレー・ブラザーズの寝室ソウルをサンプリングしたメロウな“The I.N.C. Ride”も悪くないが、そのリミックスである“The Phat Kat Ride”に軍配が上がる。エースが「J・ディラのヴァイヴ」と形容したこの曲は、その後のジ・ウマー/ジェイ・ディーのサウンドを先取りしていた作中屈指の名曲である。本当は“The I.N.C. Ride”のビートがリミックスで、“The Phat Kat Ride”がオリジナルだったが、レーベル側のマーケティング判断で主従が逆転したそうだ。なお、その“The Phat Kat Ride”のプロデューサーは「ルイ・ヴェガ」とクレジットされているため、マスターズ・アット・ワークのルイ・ヴェガと勘違いされがちだが別人で、〈 Tuff City 〉からのリリースで知られるプライオリティ・ワンというグループのメンバー、ルイ・“ファット・キャット”・ヴェガのことである。
総評としては、前作に比べれば色彩に欠け、多少トーン・ダウンしているが、同郷ブルックリンのダ・ダ・ビートマイナーズ/ブート・キャンプ・クリークの諸作を想起させるジャジーで仄暗いサウンドスケープはエースなりのNYハードコアの矜持を感じ、こちらも前作同様〈 Delicious Vinly 〉のカタログの中でも上位に並ぶ一枚であることは違いない。